
| 4月 |
三月十三日の昼席~十四日の朝席と昼席にて、善教寺仏教婦人会報恩講・追悼法要・総会と、無事に勤め終えました。
お寺が繁盛、繁盛という言葉が適切かは別として、繁盛するには、仏教婦人会の皆さまのご尽力と、お寺に心を寄せて下さる多くの女性に掛かっていると思っています。ですから、善教寺仏教婦人会は、とても大切な組織であります。
そんな事を申しますと、総代をはじめ善教寺護持会、仏教壮年会の男性方は、「俺たちは必要ないのか?」と、お叱りを受けそうですが、今日のところは、ご勘弁ください。
私が住職を継いだ三十二年前、新米住職を支えて、辛抱強く育てて下さったのは、仏教婦人会の当時の広橋満恵会長さん(故人)をはじめ、仏婦役員の皆さま方でした。おそらく、「若い住職で頼りないな~」と思われたことでしょう。私に対して、腹立たしいこともあったと思います。辛抱強く、この私を育てて下さり、導いて下さったお陰で、今日があります。
広橋満恵会長さんの次、下川裕子会長さんの頃には、少しは頼りがいのある住職に成長していたでしょうか。現在は、広橋満恵会長さんの御長男のお嫁さんである、広橋幸子会長さんが、お引き受け下っています。こうして、歴史が移り変わっても、大切な事が継承されていくのだと、改めて気付かされました。
追悼法要時、今は亡き、広橋満恵会長さんが思い出され、「私は成長できているかね?」「この道を歩んで来たけど、良かったのかね?」と問うと、あの優しい笑顔が返ってきました。読経中、目頭が熱くなって、嬉しい気持ちになりながら、法要を勤め終えました。
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| 3月 |
毎年二月十一日(建国記念の日)に、護持会総会を開催しております。今年も無事に、護持会総会を終えました。
私が住職を継職した時(三十一年前)、当時は世話係会と呼ばれていました。各地区の世話人代表者が、年に一度、善教寺に参集します。遠くは、呉市、竹原市仁賀、河内町入野、各地区から、多くの世話人代表者が出席して下さいました。総勢五十から六十名くらい、出席されていたでしょうか。当時の世話係会は、私の父親よりも年齢が上の方ばかりで、その方々にとっては、孫のような世代の私は、随分と可愛がってもらったものです。
その後、約二十五年前に、善教寺を護持して頂く組織として、護持会を設立しました。護持会役員は、各地区の世話人代表にお願いし、会長は門徒総代長に引き受けて頂きました。
現在の護持会総会には、私よりも若い方が数名、参加されるようになりました。
時代の移り変わりを実感しています。護持会総会に出席される皆さまが、私よりも若い世代になっているまで、元気に僧侶を続けられますよう、頑張りますね。
護持会の皆さま、引き続き、お力添え頂きますよう、よろしくお願いします。



| 2月 |
昨年の大晦日、無事に除夜の鐘を撞き、本堂内で除夜会法要を勤め終えました。煩悩を滅するため、除夜の鐘を撞くのだと、一般的に言われています。滅するどころか、煩悩だらけの自分自身に気付き、心を整えようとしても、とらわれの心が邪魔をして、心乱れる毎日であるな~と、思い至ります。
除夜会法要を終えたのが、午前一時過ぎ。直ぐに就寝し、午前七時から元旦会法要を勤めました。
報恩講も、そうでしょうが、寺が開基され、約五百年超、毎年、毎年、同じことを繰り返して、法要を勤めてきたのでしょう。
今までは、これまで行ってきたことが、今後も、あたり前に行われ続ける、このことは当然で、疑いようのない事実であったと思われます。
しかし、これだけ、世の中が変化し価値観も変わっていく現代、果たして、今後も、法要行事が続けていかれるでしょうか。
最近、お寺の存在意義について、いろいろ考えます。大変哀しい事ですが、お寺の衰退が止まらない昨今の現状があります。文化庁宗務課のデータによると、全国約七万七千の寺院のうち、約二万カ寺が住職のいない「無住寺院」で、宗教活動を停止した「不活動寺院」は二千カ寺以上と推計されるとのこと。
人生を歩んでいく、その道において、お寺が必要であると思って貰いたい。そんな寺院運営をしていけるよう、勤めて参ります。
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| 1月 |
善教寺の報恩講、先日(十二月二日)、無事に勤め終えました。報恩講は、宗祖・親鸞聖人(一一七三年~一二六三年)の教えと生涯に対する感謝の気持ちを表すために、お勤めされる仏教行事です。
報恩講という名称は、親鸞聖人のひ孫である本願寺第三代覚如上人が、 聖人の三十三回忌にあわせて『報恩講私記』を著されたことに由来しています。以来、七百年を超える歴史の中で、先人たちが親鸞聖人ご命日の法要を報恩講として脈々と受け継ぎ、今日まで大切にお勤めしてきました。
善教寺が開基されて、五百十年超。開基以来、毎年、報恩講は、お勤めされてきたのでしょう。その時代の生活様式に合わせて、大法要であったり、縮小し質素に勤めたりと、変化しながら、今日を迎えていると思われます。
ふと、今後この報恩講が受け継がれていくだろうか?と、心配になることもありますが、不易流行で尽力して参ります。
善教寺報恩講にお参りされた方々と、お接待当番の皆さまの笑顔を絶やさぬよう、微力ですが頑張っていきますよ。
今年のお接待当番を担って下さった、武士地区の皆さま、お世話になりまして有り難うございました。




