今年のことば

2017年平成29年

「浄 縁」 じょうえん

『お浄土と縁を結ぶ』をコンセプトに、美しい庭園をイメージした墓苑を開山いたします。

・永代合葬墓エリア
・和スタイル墓エリア
・洋スタイル墓エリア
・プレート墓エリア
・ペット専用墓エリア

慈雲山(善教寺の山号)を背景に、5つのエリアからなる、テーマパーク墓苑の誕生。

善教寺墓苑(仮名)開山予定地

善教寺シンボルマーク

※『今年のことば』とは、善教寺法要日程案内パンフレットの表紙に掲載することばのこと。


2016年平成28年

「白骨の章」  はっこつのしょう

 それ、人間の浮生(ふしょう)なる相をつらつら観ずるに、おほよそはかなきものはこの世の始中終、まぼろしのごとくなる一期(いちご)なり。さればいまだ万歳(まんざい)の人身(にんじん)をうけたりといふことをきかず、一生過ぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体(ぎょうたい)をたもつべきや。われや先、人や先、今日ともしらず、明日ともしらず、おくれさきだつ人はもとのしづくすえの露よりもしげしといえり。

されば朝(あした)には紅顔ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。

すでに無常の風きたりぬれば、すなはちふたつのまなこたちまちに閉じ、ひとつの息ながくたえぬれば、紅顔(こうがん)むなしく変じて桃李のよそほいを失ひぬるときは六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりてなげきかなしめども、さらにその甲斐あるべからず。さてしもあるべきことならねばとて、野外におくりて夜半(よわ)の煙(けむり)となしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あはれといふもなかなかおろかなり。

されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。


2015年平成27年

悪人正機   あくにんしょうき

「悪人正機」とは、「悪人こそが阿弥陀如来の救いの本当のめあてである」という意味で、阿弥陀如来の慈悲のこころを表す言葉です。

阿弥陀如来は、平等の慈悲心から、すべての生きとし生けるものに同じさとりを開かせたいという願いを発されました。だからこそ、この慈悲のこころは、今現に迷いの中で苦しんでいるものに注がれるのです。

ですから、「悪人正機」という言葉を聞いて、悪事を犯してもかまわないと開き直ったり、悪いことをしたほうが救われると考えるのは、誤った受けとめかたです。

経典には、この阿弥陀如来の慈悲が、『病に苦しんでいる子に特に注がれる親の愛情』に例えて説かれています。親鸞聖人は、このような阿弥陀如来の慈悲に出会い、その慈悲が注がれているのは、他でもない煩悩に満ちあふれた自分自身であると受けとめられました。

私たちは毎日いろいろな生き物のいのちを奪いながら生きています。また、めぐり合わせよっては、どんな恐ろしいことでもしてしまいます。このような私の姿に気付かせ、同時にそのまま救い取ってくださるのが阿弥陀如来の慈悲であり、そのこころを表すのが「悪人正機」という言葉です。