住職レター 2024

6月                                     

 先日の五月十八日(土曜日)、午前中は初参式(善教寺仏教婦人会主催行事)を開催し、午後からダーナ奉仕布教(東広島組主催法要行事)を勤めました。

 「初参式」とは、お子さまの誕生後、初めて仏さまの前で手を合わせ、お祝いすること。生まれたばかりのお子さまも、みるみるうちに体も心も成長していきます。その最初の時に、お子さまと共に親御さまも仏さまに手を合わせ、生まれたことの意味を確かめて頂く。親として生きる出発点であり、赤ちゃんによって与えられた尊い仏縁であります。

 当日は、一歳の赤ちゃんがお参り下さいました。この初参式、記憶としては覚えていないでしょうが、大人になって、寺の本堂へお参りした時、「なんとなく懐かしい気がするな~」という思いを抱いて頂けるかな???

 昼からのダーナ奉仕布教は、善教寺の定例法要では無く、東広島組内で開催寺院の当番が廻ってきた時に法要を勤めます。ダーナとは、古いインドの言葉で「慈しみをもって、広く他に施すこと」。梵語ダーナを漢字では「檀那(だんな)」と訳し、「布施」の意味があります。お陰様で、天気が良かったせいか、多くのご参拝を頂き、有り難い事に、多額の布施がありました。このご浄財、全てを東広島組への寄付とさせて貰いました。

 今の時期、田植え等で多忙だったことでしょうが、お参り下さいまして、有り難うございました。

ダーナ奉仕布教
初参式
5月                                                           

 私が三十年前に住職を継いだ時、一番参考にさせて貰った法話は、奈良の薬師寺管主(住職)、高田好胤師(平成十年還浄)です。あの語り口調、人を惹きつける話術、面白い話ネタの数々、未だに足元にも及びませんが、少しでも近付けるようにと、録音された法話を、何度となく聞き返しました。そしていつの日か、奈良の薬師寺へ、高田好胤師の残り香を頂くかの如く、お参りさせて貰いたい、そのように思い続けてきましたが、ようやく念願が叶いました。

 この度、高田好胤師に師事され、現在、薬師寺執事長の大谷徹奘師にご案内いただき、薬師寺を参拝してきました。

 本坊寺務所でお抹茶接待、金堂にて大谷徹奘執事長による読経、そして有り難い説法。金堂に響き渡る説法を聴きながら、高田好胤師も、心が洗われるような、ぬくもりのある有り難い説法をされたんだろうと感じ入りました。

 国宝の東塔を背景に、一緒に参拝した仲間と写真を撮りました。この東塔は、奈良時代(西暦七三〇年)に創建され、平城京に残る最古の建物です。阪神淡路大震災でも全く損壊せず、今年の元旦に発生した能登半島地震では、塔の先端部が左右に一メートルくらい揺れるも、損壊なしだったとのこと。

 大講堂に移動し、その講堂の大きさと、大講堂を支える数本の直径一メートルくらいの柱に驚きました。この柱、なんと樹齢二千五百年の木を使われたとのこと。お釈迦様が誕生された頃の木であります。柱を触って、悠久の時を感じてきました。

 薬師寺参拝し、大谷徹奘師の説法を聴聞したことで、少し、心が清くなったでしょうか。否、直ぐには、心は変わらないことに気付きました。これから、心を耕し続けていきます。

中央の僧侶が大谷徹奘執事長 左から二人目が私
4月 

 三月一日(金曜日)と二日(土曜日)の二日間、善教寺仏教婦人会報恩講並びに仏婦会員還浄者の追悼法要を勤め、仏教婦人会の総会も無事に終えることが出来ました。

 何より嬉しかったのは、報恩講式のお斎(精進料理)を振舞えたこと。コロナ禍では、お斎(精進料理)が出せず、法要時間も短縮して勤めてきました。

 四年ぶりの、報恩講式のお斎(精進料理)が復活。寒い時期ゆえに、コロナ、インフルエンザはまだまだ予断を許さない状況が続き、お斎(精進料理)は時期尚早なのでは?との意見もありました。そんな中、仏婦会長さんをはじめ、仏婦役員の皆さまが一致団結して、「報恩講式のお斎(精進料理)を復活させよう!」との声が上がった訳です。

 仏婦役員さんが、手分けしてお野菜を持ち寄って下さり、必要な調味料は購入し、前日から仕込みに入られ、当日も早朝より、お斎(精進料理)を作って下さいました。

 最初は、器を洗う手間を省くため、お弁当形式にしてはと思いましたが、それでは厳かな感じにならず、持て成し感も出ないので、一品ずつ、器で出して頂くことになりました。

 仏婦役員の皆さまは、さぞかし、お疲れになられたことでしょう。

 とっても美味しい、お斎(精進料理)、有り難うございました。

宮川喜久子さんによる仏婦綱領唱和
仏教婦人会総会
3月

 毎年二月十一日(祝日)、善教寺門信徒世話人代表による総会(懇親会)を開催してきました。いつ頃から開催してきたか定かではありませんが、江戸時代後期頃から、近隣の門信徒総代を寺に招いて懇親の酒宴を開催してきたと、祖母から聞いたことがあります。私が住職を継職した時は、善教寺世話係会という名称でした。現在は、善教寺護持会となっています。

 コロナ禍になって過去3年、善教寺護持会総会(懇親会)は開催できませんでした。対面での開催が出来ない間は、書面決議による総会を開催。この度、ようやく、以前と同じように護持会総会を開催することが出来ました。

 参加者の皆さまを見て、まず思ったのが、世代交代していること。三十年前の世話係会では、二世代離れた祖父世代の方々ばかり。コロナ前は、父親世代の方々が多く、ようやくこの度、世代が近くなり、なかには私よりも若い方が参加して下さいました。

 護持会総会終了後、本堂廊下の階段にて記念撮影をして、その後、庫裏に移り、酒宴を開催。

 コロナ禍で、人と会わない、人と距離をとる、会食時もアクリル板を設置して黙食、こんな感じが長かったせいか、人の温かさ、心のぬくもりを余計に感じました。

護持会会長の石原総代による開会挨拶
本堂廊下にて集合写真
2月

 善教寺法要案内パンフレット(令和六年版)、ようやく完成しました。このパンフレット作製、私にとっては、良き区切りのような思いであります。「よし、また今年も、頑張ろう!」みたいな。

 パンフレットの表紙タイトル、ここ数年、『苦』のシリーズでした。令和二年版『愛別離苦』、令和三年版『怨憎会苦』、令和四年版『求不得苦』、令和五年版『五陰盛苦』。

 約二千五百年前、お釈迦様が三十五歳で仏のさとりを開かれた、その第一声は「人生は苦なり」でした。人生の苦しみを「四苦」、生苦・老苦・病苦・死苦、それに前述の四つの「苦」を加えて「四苦八苦」と説かれています。そろそろ、『苦』から解放されても良い頃かな?と。

 令和六年版から七高僧シリーズとなりました。先ず、第一祖の龍樹菩薩。西暦百五十年~二百五十年頃の、インドの高僧。親鸞聖人は龍樹菩薩を七高僧の一番最初にあげて尊敬され、仏教では、お釈迦さまに次いで二番目に偉大な方です。

 表紙の写真は、善教寺本堂に掛かる、七高僧の掛軸。一六九一年(元禄四年)、本願寺より拝受しました。一九九八年(平成十年)に、表装を修復。お軸の各所に、折り目のような跡が残り、文字は薄くなっています。それだけ年代物だという証でしょう。

 『七高僧シリーズ』と題して、これから七年かけて、善教寺法要案内パンフレットの表紙タイトルとしていきますので、今後を楽しみにしておいて下さいね。

善教寺パンフレット表紙写真
1月

 善教寺の報恩講は、十二月二日(土曜日)、無事に勤め終えました。コロナ禍になってから、法要時間を短縮し、お斎(報恩講式精進料理)は取り止めてきましたが、ようやく、今年から、従来の形式に戻しました。ただ一点だけ、お斎(報恩講式精進料理)を、発展的に変更した形式で提供。きっと、参拝された皆さまの中には、お斎を頂きながら、違和感を覚えられたかもしれません。ご寛容ください。

 今までは、お膳に汁椀、小鉢を並べ、煮しめ、白和え、お汁、ご飯に白菜の漬物でした。今回から、皆さんが大好きな、カレーライスに変更。お寺で、カレー???と、怪訝に思われたかもしれません。なぜ、カレーライスにしたのかを説明しますと長くなりますので、時代に応じて変化させたと、一言だけ申し上げておきます。

 今回のカレーライス、『報恩講カレー』と命名させて貰いましたが、お接待係の世話人さんが、前日から精進で出汁をとり、全くお肉を使わずに作って下さいました。いろいろ考え、かなり手の凝った、『報恩講カレー』であった訳です。

 法要講師の住職さん、そして、出勤された近隣の法中住職さんにも、『報恩講カレー』を食べて頂きました。おかげさまで、皆さんから大好評でありました。

 来年の善教寺報恩講にお参りされ、『報恩講カレー』を、ぜひとも味わってみて下さいね。

法中住職出勤
報恩講参拝の皆さま
庫裏で報恩講カレーを食べました