極限状態になると、いろんな知恵が浮かぶことを知った。車内はエアコンなんてものは無く、蒸し風呂状態。定員オーバーで、隣の人とは、肌が密着状態。Tシャツでも暑いくらいだった。トイレに行けない分、なんとか体の水分を出そうと思い、持っていたブルゾンを着た。直ぐに大量の汗が出てきた。同時に、軽い脱水症状なのか、めまいもしてきた。半分意識もうろう、そのせいか、幾分、楽になった気がした。というより、最後は、意識が無くなっていたのかもしれない。
そんなこんなの道中、5時間くらい経って、途中の中継地点のバスターミナルに到着した。この時ほど、トイレでの爽快感は、忘れることが出来ない。
これから先もバスで旅を続けていたら、きっと病気になるであろう。もしお腹の調子でも悪くしていたら、砂漠に一人取り残されていたかもしれない。
(バス内の写真が無く今までの食事写真を掲載)




比較なんぞしては、大変申し訳ないことであるが、この河西回廊を敦煌まで、禁令を破って旅に出た、玄奘三蔵は、昼間身を隠し、熱い灼熱の太陽が暮れてから、道なき道を歩き続けたそうである。おそらくバスでの移動の苦しさ、辛さの、何十倍も何百倍も大変だったと思われる。それを思うと、私自身の堪え性の無さに悲しさを覚え、同時に、与えられている有り難さを、心から実感した。
夜8時頃、敦煌に到着した。周囲は、まだ明るさが残っていた。日本ではゴールデン・ウィークだからか、久々に日本人の方と会った。一人でチェックインの手続きをしていると、年輩のご夫婦の方から、 「一人で旅を?」と、声をかけられた。きっと、世捨て人のような、永遠の旅人のように思われたのか、少し、憐みの表情で、私を見ていた。
会話集を示さず話をしたのは、何日振りだろう。日本語で会話が出来ただけで、嬉しかった。確かに、世捨て人だと思われるだろうなと、自分でも感じた。西安のホテルのハンバーガー
(バス内の写真が無く、 今までの食事写真を掲載)




→ 【5月2日】世界遺産、敦煌莫高窟〈敦煌〉

